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寒冰的博客

寒冰不能断流水,枯木也能再逢春

 
 
 

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友情について  

2008-07-29 15:03:01|  分类: 默认分类 |  标签: |举报 |字号 订阅

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 人生において友情ほど大切なものはなく、友人ほど尊くありがたいものはありません。このことをわたしは、おざなりな軽い気持ちでいっているのではないのです。軽い気持ちでいうなら、人生において恋愛ほど大切なものはないともいえるでしょうし、夫婦の愛ほど大切なものはないともいえるでしょうし、親子の情についても、あるいはまた仕事?勉強?健康等々、いろいろなものについて、人生においてこれほど大切なものはないといえるでしょう。これら一つ一つのものが、それぞれ人生において最も大切なものだということは、必ずしも間違っているわけではありませんが、十分に考えられた上での判断だとは思えません。むろん、人生を形成しているさまざまな大切な要素を比較して、そのうちのどれがいちばん大切かといったことを議 論しても、あまり意味のないことでしょう。どれもが大切なのです。にもかかわらずわたしたはは人生のさまざまな要素を考えた上で、友情ほど大切なものはない、といいたいのです。一つには、 それがわたしの人生でのあまりにも確かな体験で、友人の存在を何よりもありがたいことと日ごろ思っているからですし、一つにはまた、理屈で考えてみても、友情は、あらゆる人間関係の中で最も恒常的なもの、永続的なものであり、恋人?夫婦?親子?兄弟姉妹、あるいは職場その他での交際といったいろいろの関係の中でも維持されるべき基本的なものだからです。 わたしたちの人生は、結局のところさまざまな人間関係にほかなりませんが、いろいろな関係の中で、友情は特に人間的な関係です。家族のつながりや恋人総合の関係にもそれぞれ深いものがあるにしても、そういったものの中には、ある意味で動物的な要素、自然的?本能的な要素があります。これに反して友情は、人間特有の、人間でなければ持つことのできないものです。人間は社会的動物であるといわれますが、単に多数の者が集まって共同生活をすることが社会的であるとするならば、それは必ずしも人間特有のものではないでしょう。家族も社会も、それが人間を人間たらしめるものであるためには、友情を根底にしているものでなげればならないと思われます。恋人は恋人であって同時に友人である、夫婦は夫婦であって同時に友人である、親子兄弟は親子兄弟であって同時に友人である、こういった恋人?夫婦?親子兄弟こそ、理想的な恋人?夫婦?親子兄弟ではないでしょうか。 友情がこのように人生において最も大切なものであり、すべての人間関係を成り立たせる基礎的なものであるのは、それが最も人間的な関係、本能的な欲望や打算的な利害に動かされることの最も少ない関係だからであり、心と心との親密な触れ合い、言葉では言い表せない深い共感、他のものを目的にしない純粋な信頼の気持ちだからです。友人といっても、むろんいろいろの種類があり、親しさの程度もさまざまです。しかし、ここでわたしが述べているのは、本当の友達、真の友情で結ばれた親しい友達のことです。本当に理解し合うことのできる、信頼し含うことのできる友達、そういう友達をわたしたちは常に求めています。そういう友達はそうたくさん必要ではありませんし、また実際問題としてそうたくさんはできないでしょう。 しかし、少数でもよい、一人でも二人でもよい、もしそういう友達を見いだすことができれば、それはわたしたちの人生の最大の宝、生きていく上での最も大きなカと喜びを与えてくれるにちがいありません。 本当の友達は、多くの場合、若いときからの年来の友人、学校時代あるいは二十歳前後のいわゆる青春時代からの友人です。大人になってから、殊に三十歳を過ぎてから、心からの親友を見いだすことは、ないことはないでしょうが、なかなか困難なことです。わたしの場合でも、親友の大部分は学生時代からの友人です。だから学生時代に、あるいは二十歳前後の若いときによい友人を発見することは極めて大事なことですが、なぜ若いときの友人が一生の友人になることが多く、それに比べて大人になってからでは親友ができにくいか、このことを考えてみると、友情とは何かがかなりはっきりしてくると思います。 その人の存在だけでこちらが慰められ励まされるような友達、生涯続いて変わらない美しい友情、こういったものが若いときに作られることが多いということは、そういう若い時代には各自が素直に人生に直面しており、したがって素直な自己をさらけ出して生きているので、心と心が素直に触れ合うことが多いからでしょう。言い換えれば、青春の時代にあっては、打算的?功利的な考えで人と交際することが、大人の社会に比べて少ないからでしょう。 一口に友人といっても、その種類や程度はさまざまだと前に申しましたが、世間には単に利害関係だけで結ばれている友人関係や、利害関係だけでなくてもごく表面的な関係だけで交際している人を友人と呼んでいる場合が、たいへん多いのです。利害関係だけで結ばれているならば、その利害関係の変化によって、今まで親友のように交際していた人どうしがたちまちかたきのようになってしまうこともあるでしょう。それは決して友達とはいえません。また単に表面的なこと、例えばクラスが同じだとか、趣味が似ているとか、職場が一つだとかということで友人になっている場合があっても、それはそれでよいでしょうが、これだけでは生涯の友人にはなれません。なぜなら、本当の友情とは心と心の触れ合いですから、表面的なことだけでは成立せず、互いの真実をぶつげ合う素直な気持ちが必要だからです。 大人になってからは親友ができにくく、若いときにこそ真の友情を見つけることができるのは、自己の真実を裸のままで示す素直な気持ちを若い人々は持っているのに、大人になるといろいろなカラが出来てしまって、自己を開き示すことが少なくなるからでしょう。ということは、友情の成立に必要なのは、必ずしも若さということではなくて、人生に対する真実な気持ちを開き示し、また、他人のそのような気持ちを受け入れる心の素直さです。言い換えれば、人生に対する真実な気持ち、自分自身に対する城実さ、これなくしては友情は得られず、逆にまた、これさえあれば若くても若くなくても真の友情を得ることができるにちがいありません。友情における相互の信頼というものは、人生に立ち向かうこの真実さを相互に認め合うことですから、性格や意見がどのように違っても、外的な環境がどのように違っても、そういった相違を超えて成立するものですし、これは相互の生き方の最も深いところでの信頼ですから、生涯変わることなく続くのです。 こういう信頼は、当然、相手に対する尊敬を伴います。人生に対する真実真剣な態度ほど尊敬すべきものはないのですから、信頼が尊敬を生むのは当然です。信頼を持って人に接すれば、わたしたちはそこに自分の持っていないさまざまな長所を発見し、それを尊敬し、そこから学び、それによって励まされます。逆にまた、そのような信頼を友人から寄せられるならば、それに勝る大きな慰めと励ましはないでしょう。なぜなら、人生への真実という点での信頼は、心の最も深いところでの信頼であり、他の何ものによっても動かされることのないものだからです。人がなんといおうとも、世間がどんなに目分を誤解しようとも、友人だけは分かってくれていると思うことができるのは、なんというありがたいことでしょうか。(終)

论友情 人的一生中,再没有比友情更重要、更宝贵和更难求的东西了。这并不是我随便说出的冠冕堂皇的话,如果随意说,那还有许多重要的东西。比如还可以说,人生中最重要的东西莫过于恋爱、最重要的莫过于夫妻间的爱,父子情、工作、学习、健康等等,许多都是人生中非常重要的东西。如果说每一个都同样重要,未必不对,但这些都不是我们经认真思考后所下的判断。当然,我们若再去讨论比较构成人生的各种重要成份,并从其中选出一个最重要的来,也并无太大意义。因为哪一个都重要。虽说如此,我在认真思考人生的各种要素后还是想说:再没有比友情更重要的了。理由有二,其一,这是我人生中非常切实的体会,因为我时常觉得朋友的存在对我十分地珍贵。其二,就是从道理上来说,友情是所有人际关系中最自然、是持久的感情。是包括恋人、夫妇、父子、兄弟姐妹、工作单位以及我们所交往的范围在内的所有关系中应该维护的基本的感情。 归根到底,我们的人生就是各种人际关系,而友情则是其中最有人情味的关系。在维系家庭和恋人间的相互关系中,即使其中含有更深刻的东西,实际上在某种意义上也含有动物性的要素和自然的、本能性的要素。与其相反,友情则是人类特有的、非人类所不具备的感情。人们都说,人类是社会性的动物,如果单单把多个人集中起来共同生活称为社会性的话,那未必人类所特有。无论家庭还是社会,为了使我们人类有别于其它动物,那就必须以友情为基础。恋人同时也是友人,夫妇也是友人,父子兄弟姐妹当然也是友人。但这些恋人、夫妇、父子兄弟姐妹并未必就是我们理想中的、最重要的人。 之所以说友情对人生这样地重要,是能够组成所有人际关系的基本感情。是因为它是最人类化的、是受动物的本能、欲望和私利等利害关系驱动最少的关系。它是心与心的亲密接触,是不能用语言表达的共同感觉,是不以其它为目的纯粹的信赖感。当然,即使称为友人,也有各种类型,亲密程度当然也有差别。但是,我在这里所谈到的是真正的朋友,是以真挚的友情联结的亲密朋友。真正能够互相理解、互相信赖的朋友,我们一直在寻找的那类朋友。这类朋友并不需要很多,实际上也不可能有太多。但是,少也没关系,一个、两个也可以。如果能找到这样的朋友,那将是我们人生中的最大财富,他一定会给我们生活带来最大力量与喜悦。 真正的朋友,多是青年时代就开始交往的、多年的友人,也就是学生时代或20岁上下的所谓青年时代的友人。成人以后,特别是过了30岁以后,找到内心相通的知心朋友,即使可能也是相当地困难。就像我吧,大部分知心朋友都是学生时代的友人。所以在学生时代或者说20岁上下的青年时代能找到知心朋友是极其重要的。那么,为什么年青时的朋友大多容易成为终生的朋友。而长大以后的朋友就难了呢?如果我们能仔细琢磨一下这个问题,我们就可以弄清楚友情到底是什么。 只要他存在,我就觉得一种宽慰与鼓励。这类朋友,拥有终生不渝的最美好的友情,这种感情大多是在青年时代才能形成。原因大概就是在青年时代,各自都能坦诚地直面人生,相应地,每个人都以真实的自我生活着,所以心与心的真诚接触就会多一些。换句话说,与成人社会相比,在青年时代所遇到的、以自私、功利的思想与人交往的人要少许多。 如果用一句话概括朋友,就像前面说的,其种类与程度有许多,但是在这个世界上,我们多把以利害关系联结起来的友人关系和即使不以利害关系联结,而只以极其表面化的关系交往的人称为朋友。如果只以利害关系联结的话,那么过去曾象朋友一样交往的人,因利害关系的变化有时立即会变成你的对头。实际上这绝不能称为朋友,另外,只是表面上的,例如因班级相同,趣味相似,同一单位等而成为朋友的,这当然很好,但只有这些还不能成为终生的朋友。为什么呢?由于真正的友情是心与心的接触,所以只以表面现象为基础是不能成为朋友的,而需要互相拿出真实与坦率的自我来碰撞。 成人以后,难以找到知已,而年青时容易找到纯真的友情,这是因为,年青人更愿意坦诚地把真实的自我裸露在他人的面前,而成人以后,就会有各种虚伪,很少能自己打开心扉。这样说来,友情所需要的不一定是年青,而是自己面对人生的真情实感,还有就是接受对方这类情感的坦诚度。换句话说,如果没有面对人生的真情实感,面对自己的诚实程度,你将不能获得友情,反之,如果有了这些,则无论你年青与否,一定能够获得真正的友情。友情所维系的相互信赖关系是因为相互承认对方面对人生的真情实感。所以无论双方性格与意见有多大的不同、周边环境有多大的差别,友情都会超越这些差别而形成。并且,由于这是出自双方心灵深处的信赖,所以可以持续终生。 当然,这种信赖还包含了对对方的尊敬,因为再没有比以真诚的态度面对人生更值得尊敬的了。所以,由信赖升华为尊敬是当然的。如果以信赖的态度与人交往,那我们就会发现对方拥有许多我们所不具备的优点,从而去尊敬它,学习它,并受其激励。相反如果这种信赖被友人抢走,那么你就不会获得胜过他的安慰与鼓励了。这是因为基于坦城面对人生所形成的信赖感,是来自心灵最深处的信赖感,这种信赖感不受其它任何东西所驱使。无论他人怎么说,无论世界如何误解自己,只要能感到友人的理解,那就是最大的幸福!(完)                                                       

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